ふじみ野通信

ふじみ野通信4 社会保障制度の社会

 社会保障制度は、もともとその社会の生産力を素地に成立している、あるいは常に成立しようとしている、と言うほうが正しいかもしれない。しかし其れは、常に所得の上昇を前提にしているわけではないが、下降していくことを前提にしているわけでもない。制度は制度である以上、常にある一定の変化率の基に納まるのでなければ成立しえないであろう。

 しかし一方で、年金基金が株式や債券の運用によって利をうるのでなければ成り立たないことも当然である。投下資金に対して配当や利ざやを生む事がなければ、年金の支払いは成り立たない。では何処でその利を生むか。社会保障制度社会の中で、自らの経済活動でその「利」を生みつづけるのは至難の技である。何故なら、社会保証制度の社会は発達した資本主義社会であって、自らが投資対象となるような発達段階を過ぎているからである。利を生むのは、発達過程の経済社会である。

 かつてソ連が共産主義社会のなかで、社会保障制度を創ったのは極めて独創的ではあったが、自らの生産活動のなかに投資効果は認められなかったのである。共産主義社会の欠点は、流動的であるはずの組織の活動を自ら抑えてしまうことで、自らを拘束してしまったからである。中国は、その轍を踏まずに成功しようとしているが、制度の精神としてはいずれ来る運命であるような気もする。社会主義の制度が「制度の精神」を軸にして流動化することができれば、いままでになかった社会が出来上がるかもしれない。

 今発展過程にあるアジア、アフリカの諸国は、日ならずして国民所得も上昇して「社会保障制度のある社会」を創ることを目指すであろう。

 先進諸国の轍は踏むまいとするであろうが、「社会保障制度」の考えかた、その構造に苦慮することには成るであろう。何しろ自ら投資対象だった時代が過ぎて、世界の景観は随分と変わるであろうからである。

 日本の社会保障制度の成立の過程を見ると、巷には汚職があったり、政治腐敗があったりということはあったが、労働組合の成立もあって所与のこととして「社会保障制度は」出来上がって行ったと言う気がする。しかし、経済活動に直接何らかの影響を与えたとも思われないが、労働分配率についてはかなり教育的、実際的な効果をもたらしたのはやはり第三の政治勢力としての労働組合運動の力によるところが大きかった。

 そして、其れを後押ししたのが象徴的な「安保反対」に見るような学生運動だったのではなかろうか。三井三池を除けば、それほど過激な労働運動はなかったから、やはりあとおししたのは学生運動だったかもしれない。

 政治的にも、第三の力がなければ道は曲がりやすいのかもしれない。

2010.10.13 田沼

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by esapp | 2010-10-13 09:59