ふじみ野通信

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ふじみ野通信15 「平和」を求める人々(2)

 「平和」というのは、現状のバランスに乗って成立している。これは確かなことであろう。しかし、それが外からの加重によって成り立っていたとすれば、それは一時的なものというにすぎないから恒久的に考えれば、後々の問題を複雑化することにならざるをえない。

 世に格差はある。その格差を、多分、国連の決議などを見ると今日の目に見えている以上合理的に解消したいと思っているように見える。この格差の基本的なものは所得格差である。この所得格差は、主体性を無視して埋めることはできない。主体性とは、存在をめぐるあるいは社会への意識形態を支える自意識である。自意識を支えているのは矜持である。したがって変革する社会を意識すれば自意識は変わるであろう。

 では、あの2月11日、ムバラク大統領を辞任に追い込んだカイロのタハリール広場で叫ぶ民衆はどのような変革を意識したのであろうか。また、2月15日、アルジェリアの首都アルジェで、1月14日、ベンアリ大統領を亡命させたチュニジアの首都チュニスで、2月15日、バーレーンの首都マナマの真珠広場で「ハリファは直ぐ出て行け」と叫ぶ民衆は、同じく15日、リビアのベンガジで「ムアマルはアラーの敵だ」と叫ぶ民衆は、2月12日、イエメンの首都サヌアで「次はサレハだ」と叫ぶ民衆は、2月1日、首相更迭したヨルダンの首都アンマンで「経済改革も政治改革なしでは実現できない」と叫ぶ民衆は。

 更に2月14日イランで政権と対立する改革派がデモ、17日サウジアラビアでシーア派の拘束者の釈放を求める集会、同日イラクの北部スレイマニアやクートで汚職対策を求めるデモ、18日、ジブチで「ゲレは出でいけ」という大統領の退陣要求デモ、同日クウェートのジャフラで国内に10万人以上いるといわれる無国籍住民の市民権要求デモ、同日、オマーンで食料価格高騰などへの不満を訴えるデモ。

 これらの要求デモは、根があるであろう。それが何かを考えなければならない。デモも犠牲なしにできるわけではない。そしてデモのなかで自己変革は起こりつつあるに違いないがデモは、永久に続けるということはできない。要求を続けようとすれば、デモ隊は変質せざるを得ないであろう。政権は、世界はどう対処しようとしているか。少なくともこのエネルギーを無にしてはなるまい。そろそろエジプト等は、デモ禁止令を出し始めている。

中東・北アフリカと地中海対岸の国々

国 名    人口(万)   密度1km2   国民所得一人/ドル   
モロッコ   3,238.1 72.5   2,520.
アルジェリア 3,238.1  14.9   4,190.  
チュニジア  1,037.3  63.4   3,480. 
リビア     654.5    3.7      12,380.
エジプト    8,447.4  84.5   1,800.
ヨルダン     647.2  72.4   3,470.
イラク     3,146.6  71.8    796.
バーレーン    80.7  1,076.  25,420.
サウジアラビア 2,624.5  12.2   17,870.
イエメン    2,425.5  45.9    960.
オマーン     290.5  9.4   14,330.
クウェート    305.  171.2  43,930.
イラン     7,507.7  46.1   3,540.
ジプチ      87.9  37.9        1,130.
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スペイン     4,531.6   89.6      31,970.
アンドラ       8.6  185.2      36,970.
フランス     6,263.6  113.6       42,000.
モナコ        3.2  16452     211,501.
サンマリノ      3.1 517       46,770.
イタリア     6,009.7  199.4      35,460.
マルタ       40.9  1297.5      16,690.
クロアチア     440.9   77.9      1,358.
モンテネグロ    62.5    45.3      6,600.
アルバニア     316.9   110.2      3,840.
ギリシア     1,118.3   84.8     28,400.
キプロス       87.9   95.1     26,940.
トルコ      7,570.5   96.6      9,020.
シリア      2,250.5   121.5     2,160.
イスラエル     728.5   330.1     24,720.

以上。人口は2010年、国民所得は2008年現在。

2011.2.20 田沼

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by esapp | 2011-02-22 10:27

ふじみ野通信14 「平和」を求める人々(1)

 アメリカもいっては語弊があるかもしれないが、為政者も人民もみな「平和」を求めている。平和であれば、今日の計画は明日に続いていくわけである。今日が明日に続かないのでは、為政者にとっても人民にとっても生きていく路は厳しいといわざるを得ない。しかし、それが変革を与件として内蔵しているものにとっては、変革の明日は理の当然である。つまり、変革を「内蔵」していないものにとっては予想していない明日があり、「内蔵」しているものにとって今日はやはり明日に続いていたわけである。

 2010年までの我々の注目は、リーマンショック後の世界の経済の立ち直りであり、企業経営の上昇であり、政治は画期的ではあり得ないにしても「平和」にことは進むであろうと思っていたはずである。株価もどうにか戻りつつあり、日本についていえば物価も上がらず円高といっても企業の海外展開は順調に進んでおり、上場企業の業績は史上初めてであるといえるほどの好決算である。人民にとってただ惜しむらくはこの企業の好決算が実感できないことであった。

 街を流しているタクシーの運転手さんも、街中の庶民百人に聞いても「景気がいいですね」とは、誰もいわなかったはずである。2000年からのサラリーマンの給与は、逆に23パーセントも下がっており、累進課税が緩和された役員給与や配当などの所謂経営配当と株主配当だけが上がっていたからである。その結果、あまり明らかにされてはいなかったが所得格差が広がっていることは予想はされていた。多分、それでも庶民が「平和」であり得たのは、円高のために野菜などの生鮮食料品などを除く消費者物価が下がっていたからであったろう。

 一時期、問題にされた派遣切りも徐々に解消され、失業率もこれからは解消されていくのではないか、と法人税の引き下げなどもいわれている折から期待されていた、と言っていいであろう。

 誰もといっては語弊があるが、日本企業の進出先の労働者給与など「進出することによって少しはよくなることがあっても下がることはあるまい」という程度の認識だったのではあるまいか。まして、産油国や北アフリカの実情など知るよしもなかったというのが実態であったろう。

 2010年末から伝えられる中東産油国の周辺と、北アフリカで起きつつある政変はいわれてみれば何時起きてもおかしくない実態であると思える。1952年にエジプトの王政を倒してエジプト共和国としたナセルの「自由将校団」はそれなりに輝かしい登場であった。丁度その頃は、日本は朝鮮戦争後の不景気と政治的な停滞期にあってエジプトのニュースは久方ぶりの明るいニュースであった。しかも彼は1956年には、スエズ運河国有化宣言をして欧州の主要国-イギリス・フランス、イスラエルと対峙してスエズ動乱を戦い、更に大アラブの結束を目指し1958年、シリアと合邦して「アラブ連合共和国」を成立させるが失敗、1961年解消。1967年、再びイスラエルに向けて第3次中東戦争を起こすが敗北してシナイ半島とガザ地区を失う。

 1970年、ナセル急死。その後継者はサダト大統領。このころは日本国は60年安保の時代は終わって、ナセルの死は何か中東の革命の時代は終わって、イスラエルという存在が確固としてきて、アラブがどんなに勢力を糾合しようともイスラエルには勝てない。そういう感じが強まっていた。結局、引き続いて起きた第4次中東戦争においてもアラブの勝利とはならずに、エジプトは運河とシナイ半島の砂漠を返してもらったにすぎなかった。

 それも国連の調停によるものであって、勝利というものではなかった。結局、第一次中東戦争から続いた中東の戦乱というか、革命の時代は調停調停を重ねて共和制を作り、スエズ運河を国有化することはできたが、代償としてアラブの問題を複雑化し250万に及ぶ難民を生んだのにすぎなかったようにも見える。そしてこの問題は、引き続いて今日に及んでも、ある種「世界の問題」として登場しないことはない。この過程で生じた中東産油国での油田鉱区国有化問題は、ある程度進んだということは出来るか、この難民問題を巻き込んだ形での解決には向かわなかった。

 2010年暮れから続いたこの中東の「民主化」運動といわれるものによって明らかにされた状況を見ると、「ああ、こういう状況がエジプトにもあったのか」と思わせるものがある。例えば、国民の平均収入が年間一人1800ドル、しかも米国の軍事援助が年間13億ドルで駐留軍までいたというのは、やはり驚くに値する。アメリカがイスラエルにたいして毎年20億ドルの支援をしているというのは、噂ではよく聞いていたことであったが、このエジプトにたいする援助もアメリカの「平和」に対する支出であったのであろうか。もしそうだとすれば、アメリカの「平和」に対する思考とはどのようなものあろう。

 援助というのは、単純化していえば現体制の保持が前提であろうから、現体制に対して過剰な防御に働くことは明らかである。つまり、欠点が仮にあったとしても実力以上に現体制を保持してしまうということになろう。例えば、アラブの問題として「難民問題」を考えようとすれば現状を保持することに加重される力によって、逆にそれが雲散霧消する力にもなってしまうであろう。

2011.2.20 田沼            

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by esapp | 2011-02-21 14:07